和田一郎(S47年機械科卒)
 

大分高専の未来(活性化)について

 


 私は1980年代中盤の円高を機に多くの日本企業がアメリカ進出した経済の流れの一貫で、自動車部品関連日系企業の駐在員としてアメリカ派遣され既に10数年が過ぎ去りました。私の子供達は中学校と小学校高学年でこちらに来て、現地の高校、大学と進みました。先年子供たちが大学を卒業。アメリカの大学生の親として子供の大学の状況を観察する機会に恵まれました。

 IT時代を先行する活力あるアメリカは各種問題をかかえているとはいえ、社会の諸制度はいまだに日本のそれのベンチマークとなっています。教育制度もその一つです。私の子供達の大学の観察の中から、私自身の高専時代を振り返りベンチマーキングをして大分高専の未来(活性化)について考えて見たいと思います。

 要諦は、グローバル環境で成功している現在の企業でも取り入れている目標管理活動、評価活動、従業員能力向上活動、を学校に置き換えて実施する事に尽きると思います。アメリカの大学ではこれがかなり進んでいると感じました。


1. 明確な目標設定
 先年上記息子の卒業式に出席しましたが、その席で祝辞を述べていた人の殆どがその大学の卒業生です。その大学は文系でジャーナリスト等も輩出している学校ですが、祝辞を述べた人の中にはワシントンで活躍している著名ジャーナリストもいました。その人達が学生時代にいかに将来を考え、目標を立て、それを達成してきたか、学生に語りかけていました。又、祝辞まで行かなくともOBを卒業式に招待しその事績を紹介表彰していました。卒業式には全学生が何らか関与し、関心を持つわけで、そういう場で先輩の人達の体験談、人生論、事績等を学生に伝える事により、学生は先輩をみてより身近な目標が設定できるのだと思います。
 私の高専時代の卒業式の祝辞にはこんなにたくさんの先輩の祝辞は無かった様に記憶しています。あっても同窓会会長の挨拶くらいだったでしょうか。在学中のある講義の時に、その講義の先生の計らいで卒業した先輩の話を聞くという時間がありました。この時の話の中での社会の仕組み、会社の仕組み、仕事の意義等については非常に印象に残っています。やはり、こう云った身近な先輩の話が学生自身の目標設定に最適ではないかと思います。

 最近日本でもInternshipの活動が盛んになってきたようですが、こちらアメリカでは既に一般に定着している様です。私の息子は大学でEconomics(経済)専攻でした。在学中に私の会社の関係で生産管理コンピューター関連のバイトを紹介。その後、就職の段になり、彼はやはり専攻を生かしたいと云う事で、現在別の会社の経理内のコンピューターシステム関連の仕事についています。彼の就職の時に、親としては何らかの会社に"入社"して文系の仕事につければ、と思いましたが、彼なりの目標設定があり大学での専攻とのこだわりがあり"経理関係の仕事を見つけた"ようです。
 翻って見ると私の場合、高専4年生の時の校外実習(校外実習とInternshipは厳密に言うと意味合いが違いますが)は、造船会社の機械加工のプログラミング、実際の就職は地元の電線会社で、Plasticの押し出し、混練、銅線加工等の現場管理の仕事と社外実習とは何の脈絡もありませんでした。

 又、広義の教育問題になるかとおもいますが、就職後の考え方も上記の目標を念頭に置いたものになっています。一旦就職しても、「自分はこれをやりたいんだ。そのためにこの会社でキャリアを積んで次の良い仕事を見つけるんだ」と云う意識が強烈です。私の息子の場合も、就職が決まる側から「ここの会社は次のステップへの通過点だから、次を考えておくんだ」といっています。その為にかなりの人が「こう云う事を勉強しておこう」と云う事でせっせとセミナー(大学の社会人対象クラス)に通っています。
 私の場合は30年同じ会社にいて、社内の人事異動とはいえ電線製造(Plastic加工、銅線加工)、自動車部品製造(組立て、プレス、成形)、製造管理(生産管理、IE)、更に転職後は機械加工(旋盤加工等)と何の脈絡も無く過ごしたものです。教育は統計的手法、語学、IE等、やはり自分での目標立案により選んだというより、会社の教育プログラムに従って受けてきた、と言う感じです。

高専の特徴として、「高校の課程も併せて勉強するため、目標の絞り込みがむつかしい」面もありますが、やはり先輩先達の事例、事蹟を機会を見て数多く紹介し、そのためには何が必要か、何を勉強していかねばならないか目標を立てさせる事は重要な事だと思います。


2. 目標の実践、効果の確認
 アメリカの大学生はよく勉強をすると聞いていましたが、実際私の息子の勉強振りを聞いて(息子は寮生活でした)驚嘆したような次第です。あるSemester(学期)が終わって家に帰ってきたら、ヘトヘトに疲れていました。聞いたところ一日8時間の勉強(授業以外)を何週間も続けたとの事。教授から毎日の課題が、本を何冊も読んでレポートにまとめるという様に膨大でそれらをこなすだけでも大変な労力になるようです。
 私の学生時代は、高専創世期の先輩方は勉強し過ぎで先生方が健康を心配してストップをかけたという伝説が残っていますが、我々の頃はそうでも無くなってしまいました(お前だけだ、との声も聞こえそうですが)。

 何故にアメリカの大学はこうハードなのか?アメリカでは、その前後の高校、社会人とも日本に較べるとゆったりのびのびしています。高校は日本のような受験地獄はありませんし、会社生活も一般の人は家庭をより重視して終業時間がきたらさっさと帰宅します。何事も例外はあるもので勿論アメリカでもみっちり勉強する高校生、ワーカホリック的なビジネスマンもいます。しかし全体像を述べると以上のような状況になります。
 アメリカの大学がハードなのは、大学を卒業してからの待遇が自由競争の世界だからです。日本と違い、企業としての一律の定期採用と云うものはありません。あくまで、会社の中での必要なポスト(Job Open)を補充するという形で大学卒業生(厳密に言うと、大学卒業の実力、資格を持った人)を採用します。よって、同じ大学出でも実力によりSalaryに大きく差が出ます。ピンは仕事につけずFastfoodの店員をしている人からキリは5万〜6万ドル/年もらう人、更には最先端のIT産業では10万ドル/年まで様々です。このように、学生の評価が厳格になされます。学生側から見ると効果の確認がすばやくなされるわけです。
 まれに人生はお金ではない、と云う人もいますが、大部分の若者にとってはこの差は魅力的です。これが大きなインセンティブになっているのは間違いの無い事です。日本では我々の頃も同じですが、成績によって良い会社即ち多少は良い給料の所へ入れますが、初任給制度があり、それもそんなに大きな違いはありません。最近は日本でもこれが是正されつつあると聞きますが、大きく変えないと学生に大きなインセンティブを与えるのは無理でしょう。

 又、学業、諸活動の成績もアメリカらしいやり方で結果の確認、モチベーションアップを図っています。学業成績の本人への通知は勿論の事、成績により寮の待遇もクーラーが付いている建物に移れる等、変わってきます。又、"φκクラブ"等成績優良者をグループ分けし表彰したり、パーティを開いたりしています。逆にその評価も厳格に適用するためか、学生のDrop Out(退学者)の比率も40〜50%になっています。
 翻って見ると、私の高専時代は、私と(成績不良者)とA君(成績優良者)は同じ寮の生活でしたし、私も退学の憂き目に遭わず、日本的な平等精神に溢れていました。
 これは社会の変革も必要になってくる部分もありますが、学校内で改善できる評価制度もあると思います。高専は高校の受験戦争の反動からか成績結果を明確に公表しないという事があります(ありました)が、上記を鑑みると何らかの評価の明確化且つ区別化した評価活動が必要かと考えます。


3. まとめ
 高専には教育カリキュラムがありそれに従い実施しておりその中には目標立案、評価の方法等十分に織り込んでいるし、それを理解すべきだといってしまえばそれまでですが、ベンチマーキングをしてみると参考になる事も多々あります。本文は明確な処方箋というよりも、日米彼我比較に終始したきらいはありますが、是非今後の活性化の為に参考にして頂きたいと思います。


4. PS
グローバル環境で成功している日系企業でも、まだ日本的運用の良さも残しています。転職含め様々な仕事を経験出来た私の職歴や、35歳を過ぎて発奮して英語を勉強してアメリカ駐在員となった私のファジーな経験は、日本的な柔軟さのある高専教育の良い面でもあるのかもしれませんが...

「母校について考えよう」に戻る

 

大分高専同窓会(c)All rights reserved.