仲野先生を偲んで


 先生の急逝は信じられない気持ちが今も続いております。謹んでご冥福をお祈り致します。 1月26日に親しく団らんし、NECの佐々木会長へ著作を届けて欲しい。親しい間だから心配無用と言われました。 「君の背中を少しだけ押すから、なんとかして渡して欲しい。」と言われて少し悩んだところでした。

 どうやってコンタクトすべきか悩んだ末に、「えいやっ」と、1月30日直接佐々木会長宛に電子メールを発信しました。 秘書室の方から返信が来て、「文書メールで送って下さい。」と言われ、31日には著作が届いたばかりだったと思います。 慌てて、秘書室の方へ先生急逝のメールを31日に発信しました。先生は著作が「佐々木会長へ届くのを確認した後に、 逝ってしまったのかな。」と思うと涙がでそうになります。会長秘書より、家族葬なら弔電を発信したいので、 斎場を連絡してして欲しいとの返信があり、「これは会長の意向です。」記載されており、慌ててメールで連絡しました。

 正月には先生著作への不出来の感想文を書かせてもらい、先生にもチェックをして頂き、11月18日の関東支部同窓会の 講演レシピ、大分合同新聞の記事と併せて、大分高専同窓会のホームページへ1月21日にアップされたばかりでした。 「できるだけ多くの方々へ読んで欲しい。」との思いで書かさせて貰いました。 私たちと先生との出会いは関東支部同窓会から始まっており、感想文の中にも触れさせて頂いております。 関東支部の顧問になって頂き人脈を生かして、著名な方々からの、同窓生に元気がでるような講演を 依頼してもらいたいなと思っていたところでした。個人的には電子メールで何回もやりとりさせて頂いておりましたが、 お会いしたのは昨年の11月18日の同窓会が始めてで、今年の1月26日が2度目でしたが、 ずっと以前からお会いしているような気さくな先生でした。

 これからも、もっともっと長くお付き合いをお願いして、 高専OBに元気を分けて欲しいと考えていた矢先の突然の出来事になんと説明したらいいのか分かりません。 前関東支部同窓会長古江さんより、「たった2回しかお会いしていないのにこれだけ印象に残った人はいないね。」 とのメールをもらいましたが、全くその通りだと思います。

 「丸い半導体に挑んだ男たち」の著者が故石川明さんのレクエイムとして著作されたと前書きに記されてあります。 次は故仲野英志先生のレクエイムを著作される方が出て来ることを心より期待したいと思っております。

 ご家族、ご親族の方々にとっても長いアメリカ単身赴任から戻られこれからはゆっくりして欲しいと 思っていた矢先のここと推察します。ご家族の方々にはどのような言葉でお慰めしたらよいのか全くわかりません。 しかし、ある意味では先生はご自分の目標とされていた米国で企業した丸い半導体開発ベンチャーが当初の 目的は達成できなかったが数々の特許を無償で公開することにより、外部協力のフォーラムの立上げに成功し 縮小されながらも研究開発が継続できる見通しを立てら、故石川明さんの息子さんへ会社を託し、 辞職され日本へ戻られました。

 「丸い半導体に挑んだ男たち」が発行されて、ほっとして、 これからは家族や友人と穏やかに過ごしたいと思っていたものと思います。 65歳で亡くなられた先生はそ時間がたまたま少なかったことは大変残念な事になりますが、 充実した幸せな時間かみしめながら、過ごされていたのだと信じております。
あらためて、ご冥福をお祈り致します。


                                           2007年2月2日 S44E井堀昭一


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